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     Samanuyuñjāpanakathā  
      語根 品詞 語基 意味  
      Samanuyuñjāpana  saṃ-anu-yuj   a 依(属) 審問 ?  
      kathā   ā 論、説、話、物語  
    訳文                
     【審問の話】  
    メモ                
     ・Samanuyuñjāpanaの語は辞書類になく、語形や文脈、samanuyuñjatiとの類似性から類推した。  
                       
                       
                       
    385-1.                
     385. ‘‘Tyāhaṃ upasaṅkamitvā evaṃ vadāmi –   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘‘Te    代的 それら、彼ら  
      ahaṃ    代的  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      upasaṅkamitvā  upa-saṃ-kram 近づく  
      語根 品詞 語基 意味  
      evaṃ    不変 このように、かくの如き  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      vadāmi –  vad いう  
    訳文                
     私は彼らへ近づいて、このようにいいます。  
                       
                       
                       
    385-2.                
     yesu no, āvuso, ṭhānesu na sameti, tiṭṭhantu tāni ṭhānāni.   
      語根 品詞 語基 意味  
      yesu    代的 (関係代名詞)  
      no,    不変 ない、否/〜かどうか  
      āvuso,    不変 尊者、具寿  
      ṭhānesu  sthā a 処、場所、住処、在定、状態、点、理由、原因、道理  
      na    不変 ない  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      sameti,  saṃ-i 一致する、集合する、交際する、会う、知る、同意する  
      tiṭṭhantu  sthā 立つ、住立する、留まる、存続する  
      語根 品詞 語基 意味  
      tāni    代的 それら  
      ṭhānāni.  sthā a 処、場所、住処、在定、状態、点、理由、原因、道理  
    訳文                
     『尊者よ、いくつかの点に関して〔我々の考えが〕一致しない場合、それらの点を〔議題として〕留め置かれませんよう。  
    メモ                
     ・直訳すれば「それらの点は留まるなかれ」。直接相手に命令法を使わない敬語表現であろう。  
                       
                       
                       
    385-3.                
     Yesu ṭhānesu sameti, tattha viññū samanuyuñjantaṃ samanugāhantaṃ samanubhāsantaṃ satthārā vā satthāraṃ saṅghena vā saṅghaṃ –   
      語根 品詞 語基 意味  
      Yesu    代的 (関係代名詞)  
      ṭhānesu  sthā a 処、場所、住処、在定、状態、点、理由、原因、道理  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      sameti,  saṃ-i 一致する、集合する、交際する、会う、知る、同意する  
      語根 品詞 語基 意味  
      tattha    不変 そこで、そこに、そのとき、そのなかで  
      viññū  vi-jñā 名形 ū 有智、識者  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      samanuyuñjantaṃ  saṃ-anu-yuj  審問する、詰問する  
      samanugāhantaṃ  saṃ-anu-gāh 理由を聞く、問い詰める、究明する  
      samanubhāsantaṃ  saṃ-anu-bhāṣ 談合する、諫告する  
      語根 品詞 語基 意味  
      satthārā  śās ar  
          不変 あるいは  
      satthāraṃ  śās ar  
      saṅghena  saṃ-hṛ a 僧伽  
          不変 あるいは  
      saṅghaṃ –  saṃ-hṛ a 僧伽  
    訳文                
     いくつかの点について〔我々の考えが〕一致する場合、そのとき智者たちは、審問し、究明し、討論して、師と師を〔比較し〕、僧伽と僧伽を〔比較してみて下さい〕。  
    メモ                
     ・『南伝』は「師によりて師を」、『原始』は「先生によって先生に」、『パーリ』は「師と共に師に」としている。  
     ・『アンバッタ経』276-1.には「女性と女性を〔比較〕しても、男性と男性を〔比較〕しても、」itthiyā vā itthiṃ karitvā purisena vā purisaṃ karitvāという記述がある。具・対・具・対という並びからして、ここでのsatthārā vā satthāraṃ saṅghena vā saṅghaṃも、これと同様、比較のニュアンスであるものと思われる。以下に続く文脈もこの見方を支持する。  
     ・直訳するなら「〔仏教の〕師〔という基準〕によって〔その他の〕師を〔比較検討すべく〕審問せよ」云々といった形か。  
                       
                       
                       
    385-4.                
     ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā akusalā akusalasaṅkhātā, sāvajjā sāvajjasaṅkhātā, asevitabbā asevitabbasaṅkhātā, na alamariyā na alamariyasaṅkhātā, kaṇhā kaṇhasaṅkhātā.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘ye    代的 (関係代名詞)  
      imesaṃ    代的 これら  
      bhavataṃ  bhū 名現分 ant 尊師、尊者  
      dhammā  dhṛ a 男中 法、教法、真理、正義、もの、一切法  
      akusalā    a 不善の  
      akusala    a 不善の  
      saṅkhātā,  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
      sāvajjā    a 有罪の、呵責すべき  
      sāvajja    a 有罪の、呵責すべき  
      saṅkhātā,  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
      asevitabbā  a-sev 未分 a 親近すべきでない  
      asevitabba  a-sev 未分 a 親近すべきでない  
      saṅkhātā,  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
      na    不変 ない  
      alam   不変 適当に、充分に  
      ariyā    名形 a 聖なる →至聖  
      na    不変 ない  
      alam   不変 適当に、充分に  
      ariya    名形 a 聖なる →至聖  
      saṅkhātā,  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
      kaṇhā    a 黒の  
      kaṇha    a 黒の  
      saṅkhātā.  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
    訳文                
     およそ、これら尊者たちにとって、不善のもの、不善とされるもの、有罪のもの、有罪とされるもの、親近すべきでないもの、親近すべきでないとされるもの、至聖ならざるもの、至聖ならざるとされるもの、黒いもの、黒いとされるものどもがある。  
    メモ                
     ・na alamariyaを、諸訳は「聖者に不適切」といったふうに訳すが、ここでは水野辞書に従い、またPTS辞書のfully or thoroughly good という説明にのっとって訳してみた。  
                       
                       
                       
    385-5.                
     Ko ime dhamme anavasesaṃ pahāya vattati, samaṇo vā gotamo, pare vā pana bhonto gaṇācariyā’ti?  
      語根 品詞 語基 意味  
      Ko    代的 何、誰  
      ime    代的 これら  
      dhamme  dhṛ a 男中 法、教法、真理、正義、もの、一切法  
      anavasesaṃ    a 副対 残りなく  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      pahāya  捨てる  
      vattati,  vṛt 転ずる、起こる、存在する  
      語根 品詞 語基 意味  
      samaṇo  śram a 沙門  
          不変 あるいは  
      gotamo,    a 人名、ゴータマ  
      pare    代的 他の  
          不変 あるいは  
      pana    不変 また、しかし、しからば、しかも、しかるに、さて  
      bhonto  bhū 名現分 ant 尊者  
      gaṇa    a 依(属) 衆、会衆  
      ācariyā’  ā-car a 師、阿闍梨  
      ti?   不変 と、といって、かく、このように、ゆえに  
    訳文                
     これらの諸法を残りなく捨てているのは、沙門ゴータマであろうか、あるいはまた、他の尊き宗師であろうか』と。  
    メモ                
     ・gaṇācariyāは正確を期すなら「群衆の師」だが、後で煩雑になるため「宗師」と意訳した。  
                       
                       
                       
    386-1.                
     386. ‘‘Ṭhānaṃ kho panetaṃ, kassapa, vijjati, yaṃ viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā evaṃ vadeyyuṃ –   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘‘Ṭhānaṃ  sthā a 処、場所、住処、在定、状態、点、理由、原因、道理  
      kho    不変 じつに、たしかに  
      pana    不変 また、しかし、しからば、しかも、しかるに、さて  
      etaṃ,    代的 これ  
      kassapa,    a 人名、カッサパ  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      vijjati,  vid 受 見出される、知られる、存在する  
      語根 品詞 語基 意味  
      yaṃ    代的 (関係代名詞)  
      viññū  vi-jñā 名形 ū 有智、識者  
      samanuyuñjantā  saṃ-anu-yuj  過分 a 審問した、詰問した  
      samanugāhantā  saṃ-anu-gāh 過分 a 理由を聞いた、問い詰めた、究明した  
      samanubhāsantā  saṃ-anu-bhāṣ 過分 a 談合した、諫告した  
      evaṃ    不変 このように、かくの如き  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      vadeyyuṃ –  vad いう  
    訳文                
     じつにカッサパよ、この状態がみられる〔ことでしょう〕。およそ審問し、究明し、討論した智者たちが、かくの如くいうであろうような、その〔状態が〕。  
                       
                       
                       
    386-2.                
     ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā akusalā akusalasaṅkhātā, sāvajjā sāvajjasaṅkhātā, asevitabbā asevitabbasaṅkhātā, na alamariyā na alamariyasaṅkhātā, kaṇhā kaṇhasaṅkhātā.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā akusalā akusalasaṅkhātā, sāvajjā sāvajjasaṅkhātā, asevitabbā asevitabbasaṅkhātā, na alamariyā na alamariyasaṅkhātā, kaṇhā kaṇhasaṅkhātā. (385-4.)  
    訳文                
     『およそ、これら尊者たちにとって、不善のもの、不善とされるもの、有罪のもの、有罪とされるもの、親近すべきでないもの、親近すべきでないとされるもの、至聖ならざるもの、至聖ならざるとされるもの、黒いもの、黒いとされるものどもがある。  
                       
                       
                       
    386-3.                
     Samaṇo gotamo ime dhamme anavasesaṃ pahāya vattati, yaṃ vā pana bhonto pare gaṇācariyā’ti.   
      語根 品詞 語基 意味  
      Samaṇo  śram a 沙門  
      gotamo    a 人名、ゴータマ  
      ime    代的 これら  
      dhamme  dhṛ a 男中 法、教法、真理、正義、もの、一切法  
      anavasesaṃ    a 副対 残りなく  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      pahāya  捨てる  
      vattati,  vṛt 転ずる、起こる、存在する  
      語根 品詞 語基 意味  
      yaṃ    代的 (関係代名詞)  
          不変 あるいは  
      pana    不変 また、しかし、しからば、しかも、しかるに、さて  
      bhonto  bhū 名現分 ant 尊者  
      pare    代的 他の  
      gaṇa    a 依(属) 衆、会衆  
      ācariyā’  ā-car a 師、阿闍梨  
      ti.    不変 と、といって、かく、このように、ゆえに  
    訳文                
     沙門ゴータマはこれらの諸法を残りなく捨てている。しかるに、他の尊き宗師たちはそれを、〔できていない〕』と。  
    メモ                
     ・関係代名詞yaṃの扱いに困り、補って訳した。文脈からして釈尊が他の諸師より優れている旨なのであろうが、たとえばna pahāya vattatiといった文言は見られない。あるいはこれは、はっきり言ってしまうと悪口になってしまうので、言葉を濁しているようなニュアンスなのであろうか。  
     ・『パーリ』は「師たちは、任意に捨て」とする。「任意」はどこから来たものか。『南伝』は「師よりも」とし、『原始』も「ゴータマは……指導者たちよりも捨て」としている。gaṇācariyāを単数奪格と取ったのであろうか。しかしそこにかかるbhonto pareからして、これは些か考えがたい。PTS版の構文を確認する必要あり。  
                       
                       
                       
    386-4.                
     Itiha, kassapa, viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā amheva tattha yebhuyyena pasaṃseyyuṃ.  
      語根 品詞 語基 意味  
      Iti    不変 と、といって、かく、このように、ゆえに  
      iha,    不変 ここに、この世で、いま、さて  
      kassapa,    a 人名、カッサパ  
      viññū  vi-jñā 名形 ū 有智、識者  
      samanuyuñjantā  saṃ-anu-yuj  過分 a 審問した、詰問した  
      samanugāhantā  saṃ-anu-gāh 過分 a 理由を聞いた、問い詰めた、究明した  
      samanubhāsantā  saṃ-anu-bhāṣ 過分 a 談合した、諫告した  
      amhe    代的 私たち  
      eva    不変 まさに、のみ、じつに  
      tattha    不変 そこで、そこに、そのとき、そのなかで  
      yebhuyyena    a 男中 副具 多く、ほとんど、普通に  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      pasaṃseyyuṃ. pra-śaṃs 褒める、称讃する  
    訳文                
     カッサパよ、このように審問し、究明し、討論した智者たちは、そのときじつに、おおむね我々を称讃することになるでしょう。  
    メモ                
     ・『南伝』はyebhuyyenaを「特に」とし、『原始』、『パーリ』は「全体的に」とする。PTS辞書はalmost all, altogether, practically, mostly, as it happens, usually, occasionally, as a rule, ordinarily などの語義を挙げる。  
                       
                       
                       
    387-1.                
     387. ‘‘Aparampi no, kassapa, viññū samanuyuñjantaṃ samanugāhantaṃ samanubhāsantaṃ satthārā vā satthāraṃ saṅghena vā saṅghaṃ –   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘‘Aparam    代的 副対 他に、別に、さらに  
      pi    不変 〜もまた、けれども、たとえ  
      no,    代的 私たち  
      kassapa,    a 人名、カッサパ  
      viññū samanuyuñjantaṃ samanugāhantaṃ samanubhāsantaṃ satthārā vā satthāraṃ saṅghena vā saṅghaṃ – (385-3.)  
    訳文                
     さらにまたカッサパよ、智者たちは、我々に関して、審問し、究明し、討論して、師と師を〔比較し〕、僧伽と僧伽を〔比較すべきです〕。  
    メモ                
     ・諸訳はnoの訳語を出さない。強調の義で取って虚辞扱いしたか。  
                       
                       
                       
    387-2.                
     ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā kusalā kusalasaṅkhātā, anavajjā anavajjasaṅkhātā, sevitabbā sevitabbasaṅkhātā, alamariyā alamariyasaṅkhātā, sukkā sukkasaṅkhātā.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘ye    代的 (関係代名詞)  
      imesaṃ    代的 これら  
      bhavataṃ  bhū 名現分 ant 尊師、尊者  
      dhammā  dhṛ a 男中 法、教法、真理、正義、もの、一切法  
      kusalā    a 善の  
      kusala    a 善の  
      saṅkhātā,  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
      anavajjā    a 無罪の、呵責すべからず  
      anavajja    a 無罪の、呵責すべからず  
      saṅkhātā,  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
      sevitabbā  sev 未分 a 親近すべき  
      sevitabba  sev 未分 a 親近すべき  
      saṅkhātā,  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
      alam   不変 適当に、充分に  
      ariyā    名形 a 聖なる →至聖  
      alam   不変 適当に、充分に  
      ariya    名形 a 聖なる →至聖  
      saṅkhātā,  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
      sukkā    a 白の、清い  
      sukka    a 白の、清い  
      saṅkhātā.  saṃ-khyā 過分 a 称する、名付けられた、察量された  
    訳文                
     『およそ、これら尊者たちにとって、善のもの、善とされるもの、無罪のもの、無罪とされるもの、親近すべきもの、親近すべきだとされるもの、至聖のもの、至聖とされるもの、白いもの、白いとされるものどもがある。  
                       
                       
                       
    387-3.                
     Ko ime dhamme anavasesaṃ samādāya vattati, samaṇo vā gotamo, pare vā pana bhonto gaṇācariyā’ ti?  
      語根 品詞 語基 意味  
      Ko ime dhamme anavasesaṃ samādāya vattati, samaṇo vā gotamo, pare vā pana bhonto gaṇācariyā’ ti? (385-5.)  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      samādāya  saṃ-ā-dā 取る、受ける、受持する  
    訳文                
     これらの諸法を残りなく受持しているのは、沙門ゴータマであろうか、あるいはまた、他の尊き宗師であろうか』と。  
                       
                       
                       
    388-1.                
     388. ‘‘Ṭhānaṃ kho panetaṃ, kassapa, vijjati, yaṃ viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā evaṃ vadeyyuṃ –   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘‘Ṭhānaṃ kho panetaṃ, kassapa, vijjati, yaṃ viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā evaṃ vadeyyuṃ – (386-1.)  
    訳文                
     じつにカッサパよ、この状態がみられる〔ことでしょう〕。およそ審問し、究明し、討論した智者たちが、かくの如くいうであろうような、その〔状態が〕。  
                       
                       
                       
    388-2.                
     ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā kusalā kusalasaṅkhātā, anavajjā anavajjasaṅkhātā, sevitabbā sevitabbasaṅkhātā, alamariyā alamariyasaṅkhātā, sukkā sukkasaṅkhātā.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā kusalā kusalasaṅkhātā, anavajjā anavajjasaṅkhātā, sevitabbā sevitabbasaṅkhātā, alamariyā alamariyasaṅkhātā, sukkā sukkasaṅkhātā. (387-2.)  
    訳文                
     『およそ、これら尊者たちにとって、善のもの、善とされるもの、無罪のもの、無罪とされるもの、親近すべきもの、親近すべきだとされるもの、至聖のもの、至聖とされるもの、白いもの、白いとされるものどもがある。  
                       
                       
                       
    388-3.                
     Samaṇo gotamo ime dhamme anavasesaṃ samādāya vattati, yaṃ vā pana bhonto pare gaṇācariyā’ti.   
      語根 品詞 語基 意味  
      Samaṇo gotamo ime dhamme anavasesaṃ samādāya vattati, yaṃ vā pana bhonto pare gaṇācariyā’ti. (386-3.)  
    訳文                
     沙門ゴータマはこれらの諸法を残りなく受持している。しかるに、他の尊き宗師たちはそれを、〔できていない〕』と。  
                       
                       
                       
    388-4.                
     Itiha, kassapa, viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā amheva tattha yebhuyyena pasaṃseyyuṃ.  
      語根 品詞 語基 意味  
      Itiha, kassapa, viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā amheva tattha yebhuyyena pasaṃseyyuṃ. (386-4.)  
    訳文                
     カッサパよ、このように審問し、究明し、討論した智者たちは、そのときじつに、おおむね我々を称讃することになるでしょう。  
                       
                       
                       
    389-1.                
     389. ‘‘Aparampi no, kassapa, viññū samanuyuñjantaṃ samanugāhantaṃ samanubhāsantaṃ satthārā vā satthāraṃ saṅghena vā saṅghaṃ –   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘‘Aparampi no, kassapa, viññū samanuyuñjantaṃ samanugāhantaṃ samanubhāsantaṃ satthārā vā satthāraṃ saṅghena vā saṅghaṃ – (387-1.)  
    訳文                
     さらにまたカッサパよ、智者たちは、我々に関して、審問し、究明し、討論して、師と師を〔比較し〕、僧伽と僧伽を〔比較すべきです〕。  
                       
                       
                       
    389-2.                
     ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā akusalā akusalasaṅkhātā, sāvajjā sāvajjasaṅkhātā, asevitabbā asevitabbasaṅkhātā, na alamariyā na alamariyasaṅkhātā, kaṇhā kaṇhasaṅkhātā.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā akusalā akusalasaṅkhātā, sāvajjā sāvajjasaṅkhātā, asevitabbā asevitabbasaṅkhātā, na alamariyā na alamariyasaṅkhātā, kaṇhā kaṇhasaṅkhātā. (385-4.)  
    訳文                
     『およそ、これら尊者たちにとって、不善のもの、不善とされるもの、有罪のもの、有罪とされるもの、親近すべきでないもの、親近すべきでないとされるもの、至聖ならざるもの、至聖ならざるとされるもの、黒いもの、黒いとされるものどもがある。  
                       
                       
                       
    389-3.                
     Ko ime dhamme anavasesaṃ pahāya vattati, gotamasāvakasaṅgho vā, pare vā pana bhonto gaṇācariyasāvakasaṅghā’ti?  
      語根 品詞 語基 意味  
      Ko ime dhamme anavasesaṃ pahāya vattati, (385-5.)  
      gotama   a 依(属) 人名、ゴータマ  
      sāvaka śru a 依(属) 声聞、弟子  
      saṅgho saṃ-hṛ a 僧伽  
      vā,    不変 あるいは  
      pare    代的 他の  
      pana    不変 また、しかし、しからば、しかも、しかるに、さて  
      bhonto  bhū 名現分 ant 尊者  
      gaṇa    a 依(属) 衆、会衆  
      ācariya ā-car a 依(属) 師、阿闍梨  
      sāvaka śru a 依(属) 声聞、弟子  
      saṅghā’ saṃ-hṛ a 僧伽  
      ti?   不変 と、といって、かく、このように、ゆえに  
    訳文                
     これらの諸法を残りなく捨てているのは、ゴータマの弟子僧伽であろうか、あるいはまた、他の尊き宗師の弟子僧伽であろうか』と。  
                       
                       
                       
    390-1.                
     390. ‘‘Ṭhānaṃ kho panetaṃ, kassapa, vijjati, yaṃ viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā evaṃ vadeyyuṃ –   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘‘Ṭhānaṃ kho panetaṃ, kassapa, vijjati, yaṃ viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā evaṃ vadeyyuṃ –  (386-1.)  
    訳文                
     じつにカッサパよ、この状態がみられる〔ことでしょう〕。およそ審問し、究明し、討論した智者たちが、かくの如くいうであろうような、その〔状態が〕。  
                       
                       
                       
    390-2.                
     ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā akusalā akusalasaṅkhātā, sāvajjā sāvajjasaṅkhātā, asevitabbā asevitabbasaṅkhātā, na alamariyā na alamariyasaṅkhātā, kaṇhā kaṇhasaṅkhātā.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā akusalā akusalasaṅkhātā, sāvajjā sāvajjasaṅkhātā, asevitabbā asevitabbasaṅkhātā, na alamariyā na alamariyasaṅkhātā, kaṇhā kaṇhasaṅkhātā. (385-4.)  
    訳文                
     『およそ、これら尊者たちにとって、不善のもの、不善とされるもの、有罪のもの、有罪とされるもの、親近すべきでないもの、親近すべきでないとされるもの、至聖ならざるもの、至聖ならざるとされるもの、黒いもの、黒いとされるものどもがある。  
                       
                       
                       
    390-3.                
     Gotamasāvakasaṅgho ime dhamme anavasesaṃ pahāya vattati, yaṃ vā pana bhonto pare gaṇācariyasāvakasaṅghā’ti.   
      語根 品詞 語基 意味  
      gotama   a 依(属) 人名、ゴータマ  
      sāvaka śru a 依(属) 声聞、弟子  
      saṅgho saṃ-hṛ a 僧伽  
      ime dhamme anavasesaṃ pahāya vattati, yaṃ vā pana bhonto pare (386-3.)  
      gaṇa    a 依(属) 衆、会衆  
      ācariya ā-car a 依(属) 師、阿闍梨  
      sāvaka śru a 依(属) 声聞、弟子  
      saṅghā’ saṃ-hṛ a 僧伽  
      ti.    不変 と、といって、かく、このように、ゆえに  
    訳文                
     ゴータマの弟子僧伽はこれらの諸法を残りなく捨てている。しかるに、他の尊き宗師の弟子僧伽はそれを、〔できていない〕』と。  
                       
                       
                       
    390-4.                
     Itiha, kassapa, viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā amheva tattha yebhuyyena pasaṃseyyuṃ.  
      語根 品詞 語基 意味  
      Itiha, kassapa, viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā amheva tattha yebhuyyena pasaṃseyyuṃ. (386-4.)  
    訳文                
     カッサパよ、このように審問し、究明し、討論した智者たちは、そのときじつに、おおむね我々を称讃することになるでしょう。  
                       
                       
                       
    391-1.                
     391. ‘‘Aparampi no, kassapa, viññū samanuyuñjantaṃ samanugāhantaṃ samanubhāsantaṃ satthārā vā satthāraṃ saṅghena vā saṅghaṃ.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘‘Aparampi no, kassapa, viññū samanuyuñjantaṃ samanugāhantaṃ samanubhāsantaṃ satthārā vā satthāraṃ saṅghena vā saṅghaṃ. (387-1.)  
    訳文                
     さらにまたカッサパよ、智者たちは、我々に関して、審問し、究明し、討論して、師と師を〔比較し〕、僧伽と僧伽を〔比較すべきです〕。  
                       
                       
                       
    391-2.                
     ‘Ye imesaṃ bhavataṃ dhammā kusalā kusalasaṅkhātā, anavajjā anavajjasaṅkhātā, sevitabbā sevitabbasaṅkhātā, alamariyā alamariyasaṅkhātā, sukkā sukkasaṅkhātā.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘Ye imesaṃ bhavataṃ dhammā kusalā kusalasaṅkhātā, anavajjā anavajjasaṅkhātā, sevitabbā sevitabbasaṅkhātā, alamariyā alamariyasaṅkhātā, sukkā sukkasaṅkhātā. (387-2.)  
    訳文                
     『およそ、これら尊者たちにとって、善のもの、善とされるもの、無罪のもの、無罪とされるもの、親近すべきもの、親近すべきだとされるもの、至聖のもの、至聖とされるもの、白いもの、白いとされるものどもがある。  
                       
                       
                       
    391-3.                
     Ko ime dhamme anavasesaṃ samādāya vattati, gotamasāvakasaṅgho vā, pare vā pana bhonto gaṇācariyasāvakasaṅghā’ti?  
      語根 品詞 語基 意味  
      Ko ime dhamme anavasesaṃ samādāya vattati, gotamasāvakasaṅgho vā, pare vā pana bhonto gaṇācariyasāvakasaṅghā’ti?(389-3.)  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      samādāya  saṃ-ā-dā 取る、受ける、受持する  
    訳文                
     これらの諸法を残りなく受持しているのは、ゴータマの弟子僧伽であろうか、あるいはまた、他の尊き宗師の弟子僧伽であろうか』と。  
                       
                       
                       
    392-1.                
     392. ‘‘Ṭhānaṃ kho panetaṃ, kassapa, vijjati, yaṃ viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā evaṃ vadeyyuṃ –   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘‘Ṭhānaṃ kho panetaṃ, kassapa, vijjati, yaṃ viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā evaṃ vadeyyuṃ –  (386-1.)  
    訳文                
     じつにカッサパよ、この状態がみられる〔ことでしょう〕。およそ審問し、究明し、討論した智者たちが、かくの如くいうであろうような、その〔状態が〕。  
                       
                       
                       
    392-2.                
     ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā kusalā kusalasaṅkhātā, anavajjā anavajjasaṅkhātā, sevitabbā sevitabbasaṅkhātā, alamariyā alamariyasaṅkhātā, sukkā sukkasaṅkhātā.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘ye imesaṃ bhavataṃ dhammā kusalā kusalasaṅkhātā, anavajjā anavajjasaṅkhātā, sevitabbā sevitabbasaṅkhātā, alamariyā alamariyasaṅkhātā, sukkā sukkasaṅkhātā. (387-2.)  
    訳文                
     『およそ、これら尊者たちにとって、善のもの、善とされるもの、無罪のもの、無罪とされるもの、親近すべきもの、親近すべきだとされるもの、至聖のもの、至聖とされるもの、白いもの、白いとされるものどもがある。  
                       
                       
                       
    392-3.                
     Gotamasāvakasaṅgho ime dhamme anavasesaṃ samādāya vattati, yaṃ vā pana bhonto pare gaṇācariyasāvakasaṅghā’ti.   
      語根 品詞 語基 意味  
      Gotamasāvakasaṅgho ime dhamme anavasesaṃ samādāya vattati, yaṃ vā pana bhonto pare gaṇācariyasāvakasaṅghā’ti.  (390-3.)  
      samādāya  saṃ-ā-dā 取る、受ける、受持する  
    訳文                
     ゴータマの弟子僧伽はこれらの諸法を残りなく受持している。しかるに、他の尊き宗師の弟子僧伽はそれを、〔できていない〕』と。  
                       
                       
                       
    392-4.                
     Itiha, kassapa, viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā amheva tattha yebhuyyena pasaṃseyyuṃ.  
      語根 品詞 語基 意味  
      Itiha, kassapa, viññū samanuyuñjantā samanugāhantā samanubhāsantā amheva tattha yebhuyyena pasaṃseyyuṃ. (386-4.)  
    訳文                
     カッサパよ、このように審問し、究明し、討論した智者たちは、そのときじつに、おおむね我々を称讃することになるでしょう。  
                       
                       
                       
     Ariyo aṭṭhaṅgiko maggo  
      語根 品詞 語基 意味  
      Ariyo    名形 a 聖なる  
      aṭṭha     
      aṅgiko    a 支分ある  
      maggo   a  
    訳文                
     【聖なる八支の道】  
                       
                       
                       
    393-1.                
     393. ‘‘Atthi, kassapa, maggo atthi paṭipadā, yathāpaṭipanno sāmaṃyeva ñassati sāmaṃ dakkhati [dakkhiti (sī.)] –   
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      ‘‘Atthi,  as ある  
      語根 品詞 語基 意味  
      kassapa,    a 人名、カッサパ  
      maggo    a  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      atthi  as ある  
      語根 品詞 語基 意味  
      paṭipadā,  prati-pad ā 道、行道、道跡  
      yathā    不変 〜のごとくに、〜のように  
      paṭipanno  prati-pad 過分 a 行道した、向道の、行者  
      sāmaṃ    不変 自分で、自ら  
      yeva    不変 まさに、のみ、じつに  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      ñassati  jñā 知る  
      語根 品詞 語基 意味  
      sāmaṃ    不変 自分で、自ら  
      述語 語根 品詞 活用 人称 意味  
      dakkhati –  dṛś 見る  
    訳文                
     カッサパよ、行くものが〔このように〕自ら知り、自ら見るような道があり、行道があります。  
    メモ                
     ・「知る」が未来形、「見る」が現在形なのはなぜであろうか。  
                       
                       
                       
    393-2.                
     ‘samaṇova gotamo kālavādī bhūtavādī atthavādī dhammavādī vinayavādī’ti.   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘samaṇo  śram a 沙門  
      eva    不変 まさに、のみ、じつに  
      gotamo    a 人名、ゴータマ  
      kāla    a 依(処) 黒、時、時に応じた  
      vādī  vad in 語るもの  
      bhūta  bhū a 依(対) 真実  
      vādī  vad in 語るもの  
      attha    a 依(対)  意味、利益、必要、理由、目的  
      vādī  vad in 語るもの  
      dhamma  dhṛ a 男中 依(対)  
      vādī  vad in 語るもの  
      vinaya    a 依(対)  
      vādī’  vad in 語るもの  
      ti.    不変 と、といって、かく、このように、ゆえに  
    訳文                
     『じつに沙門ゴータマは、時に応じて、真実・義・法・律を語るものである』と。  
    メモ                
     ・『梵網経』ほかの【小戒】の章、綺語の項にパラレル。  
                       
                       
                       
    393-3.                
     Katamo ca, kassapa, maggo, katamā ca paṭipadā, yathāpaṭipanno sāmaṃyeva ñassati sāmaṃ dakkhati –   
      語根 品詞 語基 意味  
      Katamo    代的 いずれか、どちらか  
      ca,    不変 と、また、そして、しかし  
      kassapa,    a 人名、カッサパ  
      maggo,    a  
      katamā    代的 いずれか、どちらか  
      ca    不変 と、また、そして、しかし  
      paṭipadā,  prati-pad ā 道、行道、道跡  
      yathāpaṭipanno sāmaṃyeva ñassati sāmaṃ dakkhati – (393-1.)  
    訳文                
     カッサパよ、行くものが〔このように〕自ら知り、自ら見るような、いかなる道があり、いかなる行道があるのでしょうか。  
                       
                       
                       
    393-4.                
     ‘samaṇova gotamo kālavādī bhūtavādī atthavādī dhammavādī vinayavādī’ti?   
      語根 品詞 語基 意味  
      ‘samaṇova gotamo kālavādī bhūtavādī atthavādī dhammavādī vinayavādī’ti? (393-2.)  
    訳文                
     『じつに沙門ゴータマは、時に応じて、真実・義・法・律を語るものである』と。  
                       
                       
                       
    393-5.                
     Ayameva ariyo aṭṭhaṅgiko maggo.   
      語根 品詞 語基 意味  
      Ayam    代的 これ  
      eva    不変 まさに、のみ、じつに  
      ariyo    名形 a 聖なる  
      aṭṭha     
      aṅgiko    a 支分ある  
      maggo.    a  
    訳文                
     じつにこの八正道です。  
                       
                       
                       
    393-6.                
     Seyyathidaṃ – sammādiṭṭhi sammāsaṅkappo sammāvācā sammākammanto sammāājīvo sammāvāyāmo sammāsati sammāsamādhi.   
      語根 品詞 語基 意味  
      Seyyathidaṃ –    不変 それはこの如し、あたかも  
      sammā    不変 正しい、正しく  
      diṭṭhi  dṛś i 見、見解、意見  
      sammā    不変 正しい、正しく  
      saṅkappo  saṃ-kḷp a 思惟、思念  
      sammā    不変 正しい、正しく  
      vācā  vac ā 言葉、語  
      sammā    不変 正しい、正しく  
      kammanto  kṛ a 業、作業、業務、家業、職業  
      sammā    不変 正しい、正しく  
      ājīvo  ā-jīv a 活命、命、生活  
      sammā    不変 正しい、正しく  
      vāyāmo    a 精進、勤  
      sammā    不変 正しい、正しく  
      sati  smṛ i 念、記憶  
      sammā    不変 正しい、正しく  
      samādhi.  saṃ-ā-dhā i 定、三昧、精神集中  
    訳文                
     すなわち、正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定です。  
                       
                       
                       
    393-7.                
     Ayaṃ kho, kassapa, maggo, ayaṃ paṭipadā, yathāpaṭipanno sāmaṃyeva ñassati sāmaṃ dakkhati ‘samaṇova gotamo kālavādī bhūtavādī atthavādī dhammavādī vinayavādī’’’ti.  
      語根 品詞 語基 意味  
      Ayaṃ    代的 これ  
      kho,    不変 じつに、たしかに  
      kassapa,    a 人名、カッサパ  
      maggo,    a  
      ayaṃ    代的 これ  
      paṭipadā,  prati-pad ā 道、行道、道跡  
      yathāpaṭipanno sāmaṃyeva ñassati sāmaṃ dakkhati (393-1.)  
      ‘samaṇova gotamo kālavādī bhūtavādī atthavādī dhammavādī vinayavādī’’’ti. (393-2.)  
    訳文                
     カッサパよ、行くものが『じつに沙門ゴータマは、時に応じて、真実・義・法・律を語るものである』と、自ら知り、自ら見るようなこれが道であり、これが行跡なのです」。  
                       
                       
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